低価格カットを続けた結果、得られたもの・失ったもの
低価格カットという働き方を、長く続けてきました。
始めた当初に思い描いていた未来と、実際に続けた結果を比べてみると、重なっている部分もあれば、少し違っていた部分もあります。
特別に成功したという感覚はありません。
ただ、続けてきたからこそ見えてきたものや、逆に手放したものがあるのも事実です。
今回は、低価格カットを続ける中で、自分の中に残った
「得られたもの」と「失ったと感じたもの」を、整理するような形で書いてみます。
得られたもの
生活の安定感
低価格カットを続けてきたことで、一番大きく感じているのは生活の安定感です。
大きな成功があるわけではありませんが、毎月の収入に大きな波が出にくく、先がある程度読める働き方になっています。
始めた当初は、これが本当に「安定」と言えるのか、正直よく分かりませんでした。
ただ、年単位で続ける中で、生活のリズムが崩れにくくなり、精神的にも落ち着いて仕事と向き合えるようになりました。
派手さはありませんが、生活が大きく揺れないというのは、思っていた以上に大きな価値だと感じています。
仕事と距離を保てる感覚
低価格カットの仕事は、仕事が生活のすべてになりにくい働き方です。
過度な競争や、無理な目標設定からは、自然と距離を置くことになります。
仕事は仕事として淡々とこなす。
それ以上でも、それ以下でもない。
この距離感は、続ける中で少しずつ身についた感覚です。
家族を持ち、家庭の時間が増えると、仕事だけに気持ちを集中させ続けることは難しくなります。
その中で、仕事と生活のバランスを取りやすい点は、この働き方の良さだと感じています。
地域との関係性
派手な広がりはありませんが、地域の中で必要とされている実感があります。
顔見知りが増え、同じ人が何度も足を運んでくれる。
それだけで、仕事としては十分だと感じるようになりました。
大きく広げることよりも、静かに続いていることの方が重要になっています。
家庭を持つと、地域との関係性も生活の一部になります。
仕事が地域の中に自然に溶け込んでいる状態は、精神的にも安心感があります。
失ったもの
伸びしろへの期待
低価格カットを続ける中で、急激な成長や大きな変化への期待は、少しずつ薄れていきました。
新しい技術やトレンドを、常に追い続ける働き方ではありません。
成長を止めているわけではありませんが、成長を最優先にしていない状態です。
家庭や体調を考えると、すべてを仕事に注ぐ選択は現実的ではなくなります。
この点は、人によっては物足りなく感じる部分かもしれません。
派手な評価や肩書き
分かりやすい評価や、業界的な肩書きは得にくいです。
評価されている実感があっても、それが表に出る形になることは多くありません。
家族を持ち、経営を続けていく中では、
「評価されているかどうか」よりも
「生活が回っているかどうか」が優先になっていきます。
その結果、派手な評価を求める気持ちは、自然と小さくなりました。
無理がきく感覚
続けていく中で、無理は確実にきかなくなりました。
体力的にも、気持ちの面でも、無理を前提にした働き方は難しくなっています。
家族がいれば、子どもの行事や家庭の予定が優先になります。
講習や勉強会に参加しにくくなることもありますし、健康管理に時間を割く必要も出てきます。
これは失ったというより、受け入れた変化に近いものです。
妥協や我慢が増える一方で、守るものも増えました。
続けたからこそ見えたこと
低価格カットは、何かを大きく得る働き方ではありません。
その代わり、失いすぎない働き方でもあります。
生活が壊れない。
気持ちが極端に振れない。
仕事が続いている。
家庭があり、体調や年齢を意識するようになった今では、
それだけで十分価値があると感じるようになりました。
まとめ
低価格カットを続けた結果、得たものもあれば、失ったものもあります。
どちらが多いかは、人によって感じ方が違うでしょう。
ただ一つ言えるのは、続けなければ分からなかった、ということです。
家庭を持ち、経営を続ける中で見えてきた現実は、始める前には想像しきれませんでした。
この記録が、これから働き方を考える人にとって、
一つの参考になればと思います。